投稿

覚えるとは?

覚えるとはどういうことでしょう? 自分的定義はとしては、 「覚える=Aを見たときにBが言えること」 です。 (こういうのをちゃんと意識しないと、話が曖昧なままになってしまうと思うのです。(小難しくてすみません)) さて、では覚える(Aを見たときにBが言える)ためにはどうすればよいのでしょう? それは「Aを見たときにBを言う練習を繰り返すこと」です。 …そのままですね。 でも、AやBだけをひたすら見続けていたり、何ならそれを繰り返して書いていたり、そんな人たちも実はたくさんいると思うのです。 (数学などでもそうです) そんな時に便利な方法は「カード」です。 表にA、裏にBを書いて、表を見て裏を言えるようにするだけ。とてもシンプルです。 カードは生徒としても取り組みやすいみたいです。 (AとBをどうやって関連付けるかという話はまた別の機会に…)

ヒントの距離感

ヒントの距離感という概念があります。(自分が勝手に名付けました) 絶対に答えられる質問をしても意味がない、 絶対に答えられない質問をしても意味がない、 答えられるか答えられないかギリギリのところ、 じーっと考えて正解が出せたとき、ドパミン(※注)がドバっと出て、 勉強が楽しくなり学習効果も高まります。(注:達成感で快楽を感じる脳内物質) 絶妙な距離感のヒントを与え続けられたとき、他に何もしていなくても、本当に楽しく充実した授業になります。 それに向けて、日々精進している毎日です。

高校数学の勉強法

  自分理系なのに、数学の記事が少ない! なんでかと考えてみると、数学は人それぞれの思考回路が違いすぎて、やることも手順も意識の仕方も、何もかもが違って一般化しにくいからかもしれません。 でも、ただ1つ共通して言えることがありました。数学の勉強において、ゴールは間違いなく明確で、 「パターン問題を理解し、自力で解けるようにする」 です。 ただ、そこに至る道筋が人によって違うというだけです。 世間でよく言われるやり方が「1冊の問題集を何回か繰り返して全部できるようにする」というものですが、これですら当たらない人たちもたくさん見てきました。 (その問題は理解し解けるようになるけれど入試問題は解けないなど) どこまでを考え、どこまでを覚え、どういうイメージを持ち、どういう記憶をしているのか、するべきか、それにより最適な勉強方法は違います。 ・・・という、一般化できない数学の勉強法についての記事でした。 (参照:「 暗記の仕方 」「 問題を解くべきか 」「 文系と理系 」「 わかっているとどうやって判断するのか 」など)

視覚優位、聴覚優位

最近のマイブームはこれ。 視覚優位、聴覚優位。 目で見た情報に強いか、耳で聞いた情報に強いかってことなんですが。 視覚優位の人は物事の全体像をとらえるのが得意、聴覚優位の人は言語的に細部から理解してそれを論理的につなげていくのが得意な気がします。 現代文なんかを教えていると顕著に違いを感じます。数学でもまぁわかる。 そしてこういうのは大体、逆を鍛えることを意識するとよいようです。 人間、得意な能力ばかりを無意識に使うので、得意なものは勝手にできるし、苦手なものは使わずどんどん弱くなっていきます。 意識的に普段使っていない頭を使うと、刺激が入って良い変化が生まれます。 ちなみに自分、めっちゃ聴覚優位です。(最近気づいた)

文系と理系

  (以下、文系・理系という用語は、進路や所属ではなく、頭の使い方の傾向のことを指すこととします。また以下の話は全員に当てはまるわけではなく、あくまで多くの人にその傾向があるというだけの話です) 理系の人は数学力(論理的思考力)が強いです。ではそれに対して文系の人は国語力(読解力)が強いのでしょうか? いえいえ、文系の人が優れているのは「記憶力」です。 理系と文系という対立軸は、「数学力」と「記憶力」の対比と言い換えることもできます。 (そしてもちろん、どちらが良いとか悪いとかいう問題ではなく、ただ「違う」というだけです) 得意な人の得意なものに苦手な人はまず勝てません。だから得意な力を存分に発揮するのはとても大切なのですが、ここで登場するのが「逆も意識したほうが良い」ということ。 人間、無意識に得意な能力を使って物事を解決しようとするので、得意な能力は勝手にどんどん強くなり、苦手な能力は使われずにどんどん弱くなります。 だからこそ、今まで使われていなかった苦手な能力は、それを意識的に使うことで急激に上がります。それにより今まで限界と感じていた壁も越えることができるかもしれません。 というわけで、 理系の人は、もう少しだけ覚えてみましょう! 文系の人は、もう少しだけ考えてみましょう! ・・・と、多くの人に送るアドバイスでした。